■ 北海道新聞(2002年4月4日)
「狂犬病は、犬やキツネ、猫などの動物の唾液から感染するウィルス性の感染症で、人が発症すると死亡率はほぼ100%。日本では1956年以来発生していないが、ロシアを含め多くの国では発生が続いている。」「道内の港に寄港するロシア船から犬が検疫を受けずに上陸している例があることから、道は国と協力して本年度、港周辺の(野良)犬を対象に、狂犬病の予防接種を受けているかどうかの抗体検査を行う。」
「道はこれまで、寄港するロシア船に、ロシア語のチラシやテープで犬を上陸させないよう呼びかけてきたが、こうした啓発活動も強化する。ロシア船の乗組員は、寄港すると犬を放し飼いにするケースが目立ち、出航するまでに犬が戻らず、置き去りにしている例もある。数年前には、放し飼いのロシアの犬に日本人がかまれる事故も起きている。」
■ 狂犬病侵入の危険性
「日本にはないはずのBSE(狂牛病、牛海綿状脳症)や、口蹄疫が最近発生しました。感染経路はそれぞれ異なりますが、同じように狂犬病が、いつ発生してもおかしくないのです。北陸や、北海道の港では、狂犬病の指導が強化される前には、ロシア船の船員が検疫を受けていない犬を散歩させているのは日常的に見られました。リードをつけていない犬もいました。」と江口獣医師。
世界における狂犬病発生数は、人で年間約33000から35000、動物で33000から54000と報告されています。しかしこれらのデータの中には中国、インド、バングラデシュ、ナイジェリア、南アフリカなど多数の発生が考えられている国々が含まれていません。米国では1999年の一年間に7067件の感染が確認されており、その約半数がアライグマです。(源宣之岐阜大学教授 日本は狂犬病の再上陸を防げるのか 北海道獣医師会獣医公衆衛生講習会 平成14年8月28日)日本ではアライグマをペットとして飼うことが一時流行し、飼いきれなくなって捨てられ、野生化したアライグマが農作物を荒らす被害が問題になっています。アライグマが検疫を受けるようになったのは平成12年以降で、それ以前に輸入されたものは検疫されていません。「狂犬病の潜伏期間は平均1~3ヶ月、長ければ数年で、6年以上という例もあります。まだ発症していないだけで、狂犬病のウィルスを持った動物がすでに日本に入っている可能性も考えられ心配です。」と江口獣医師。
最近ヨーロッパで、ペットとして飼われているハムスターに狂犬病が確認されています。幸い、人には感染しなかったようです。また、狂犬病のハムスターの原産国から日本への輸入は無かったとの事です。(mau pet clinic 志尾先生) しかし、ハムスターも検疫対象動物ではありません。
1988年のフィンランドのように流氷を渡っての動物の侵入や、輸入品に紛れ込んでくる小型のげっ歯類による場合も考えられます。(源教授)。(流氷とは北のほうから氷が流れてくるのではなく海の表面が凍ってできたもので、一面に氷が張ると陸続き状態になり、その上を歩いて来られるようです。)
■ 狂犬病予防法と平成10年の一部改正
日本では江戸時代初期から小流行が続きましたが、第2次世界大戦後に制定された狂犬病予防法により、野犬の捕獲、飼い犬のワクチン接種と登録、および輸入犬の検疫が行われ、人の狂犬病は昭和29年、犬は昭和31年に最後の発生があった後、国内での感染例は途絶えています。(ただし昭和45年に狂犬病発生地(ネパール)を旅行中犬に咬まれ帰国後発病、死亡した1例がある。)海外で狂犬病の発生がないのは、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイなどのように海に取り囲まれたわずかな国や地域です。狂犬病流行国や汚染地域は世界中に広く分布しており、多くの国では、感染サイクルが確立している野生動物から犬や猫を介して人が感染するのですが、吸血コウモリから直接人に感染する例もあり、また、途上国では犬に感染サイクルが成立している場合もあるようです。最近国際交流が盛んになったり、各種ペット動物の輸入も頻繁に行われたりしており、わが国に狂犬病ウイルスに感染した動物の侵入する危険性が増大しています。事実、隣国の韓国でも長く狂犬病の発生はありませんでしたが、1993年以来狂犬病が再発生しています。
今回、狂犬病予防法の一部改正(平成10年10月の法改正、12月の政令)により、輸入検疫対象がイヌのほかにネコ、アライグマ、キツネ、スカンクに拡大され、平成12年1月1日より輸入検疫が実施され始めました。また、犬の登録をしなかった場合、狂犬病の予防接種をしなかった、もしくは注射済み票をつけていなかった場合の罰則が5万円以下から、20万円以下に強化されました。行政においても狂犬病再発生の危険性が高くなっている事を認識し、対策を始めているのです。残念ながらそれが一般の飼い主にまで伝わっていないようです。
■ 日本で狂犬病が再発生したら
「BSE(狂牛病:牛海綿状脳症)が発生したとき、国内の反応はすさまじいものでした。さらに狂犬病が発生したら、BSEの時より激しいパニックが起こると思われます。地域によっては、犬などの飼育動物の散歩もできない事態が発生する事が考えられます。」と江口獣医師。狂犬病が発症すると唾液が増えるとともに、唾液からウィルスが放出されます。したがって狂犬病の動物からかまれる、もしくは傷のある部分をなめられる事により感染します。狂犬病の動物は脳症を起こし凶暴化してかみやすくなります。発症する前の動物の唾液からもウィルスが検出されたという報告もあります。咬まれても発症前にワクチンを射つ事により、ほとんどの場合発症を阻止する事ができます。さらに狂犬病抗体を含むガンマグロブリン(日本では製造も輸入もされていません)を併用する事によりほぼ確実に阻止する事ができるようです。発病すれば特別の治療法はなく、ほぼ100%死亡します。(狂犬病の長い歴史の中で、全世界で6例だけ昏睡状態からやや回復した例が報告されています。内、ワクチンをうっていたもの5例、うっていなかったもの1例。)ところが人のワクチンを常備している病院はごくわずかで、もし狂犬病が流行した時、備蓄されている量だけで足りるかどうか懸念されます。狂犬病の潜伏期は短い場合は2週間程度ですからこの間にワクチンをしなければなりません。もし足りなかった場合大パニックになり、犬の飼い主は肩身の狭い思いをする事でしょう。狂犬病の大流行は、70%以上が抗体を持つ集団ではないとされています。登録されている犬の80%がワクチンを接種していますが、登録していない犬を含めると50%ぐらいと試算されています。この状態で狂犬病が発生したら、大流行の可能性があります。
■ 検疫か?ワクチンか?
検疫は犬を4ヶ月から6ヶ月間検疫所に拘留するという方法で行われていました。これは狂犬病の潜伏期間が通常それ以下であるので、感染していればその間に発病するだろうという考え方です。まれに潜伏期間がそれ以上という場合がありますのでこれでも100%防げるわけではありません。この長い検疫期間を短縮する勧告がWHOより出されました。その結果多くの国で3から12ヶ月前と出入国前後の2回ワクチン接種とその証明およびマイクロチップによる身元確認に代替されるようになって来ました。狂犬病のないニュージーランドやオーストラリアでは以上のような検疫のみで、国内の犬に狂犬病ワクチン接種を義務付けることをしていません。源教授によれば、これらの国は、狂犬病類縁のリッサウィルスの侵入を防ぐことができなかったとのことです。検疫のみで完全に感染症の侵入を防ぐことは難しく、検疫もワクチンも必要だとしています。
犬の狂犬病ワクチンについては、ワクチンのページをご覧ください
| 遺伝子型 | ウィルス | 感染源 | 分布 | |
| 1 | 狂犬病ウィルス | イヌ、キツネ、アライ グマ、コウモリなど |
一部の地域を除く世界各地 | |
| 2 | ラゴスコウモリウィルス | コウモリ、ネコ (ヒトからは未検出) |
アフリカ | |
| 3 | モコラウィルス | トガリネズミ、ネコ | アフリカ | |
| 4 | デュバンハーゲウィルス | 食虫コウモリ | アフリカ | |
| 5 | ヨーロッパコウモリ リッサウィルス1 |
1a | 食虫コウモリ | オランダ、デンマーク、ドイツ、ポーランド、 ハンガリー、ロシア、フランス |
| 1b | 食虫コウモリ | オランダ、フランス、スペイン | ||
| 6 | ヨーロッパコウモリ リッサウィルス2 |
2a | 食虫コウモリ | オランダ、イギリス、ドイツ、ウクライナ |
| 2b | 食虫コウモリ | スイス | ||
| 7 | オーストラリアコウモリ リッサウィルス |
食虫コウモリ 食果コウモリ |
オーストラリア?、フィリピン | |
Warrell MJ : Lancet 363 : 959-969, 2004 を、青沼明彦 狂犬病・リッサウィルス : Modern Phisician 25 : 531-536 : 2005 より孫引き
■ 北海道獣医師大会での本部提案 (平成14年9月11日開催 主催 北海道獣医師会 後援 農林水産省 厚生労働省 北海道 日本獣医師会)
狂犬病浸入防止対策の強化について (北獣会誌46より北海道獣医師会の許可を得て転載)
わが国では、昭和32年を最後に、狂犬病の発生が無く、世界的にみて稀な狂犬病清浄国となっております。WHOでは、毎年、全世界で35,000人から50,000人の人々が狂犬病の犠牲になっていると推計していますが、経済のグローバル化に伴って人の交流や動物の翰出入が増加し、我が国に狂犬病が侵入する脅威が増大しております。
特に、日本を取り巻くアジアの国々において狂犬病の発生が確認されており、なかでも、ロシアに関するWHOの統計資料では、1998年、ロシア全土で犬、猫を含めた全家畜で1,600頭、野生動物960頭および動物種不明10頭に発生があったと記録されています。
昨年、ロシア動物行政調査団の一員としてウラジオストックを視察した本会会員の報告によると、本道に隣接する沿海州・ウラジオストック周辺においても、犬、猫、ネズミに真性の狂犬病が確認されており、これらの地域からの侵入も憂慮されます。
北海道や本州の港には、水産物や木材などの貿易のため、年間数千隻のロシア船などが入港していますが、これらの船には犬を乗せていることが多く、入港した後、船から上陸する事例がしばしば見られ、狂犬病の侵入が危倶されます。
犬を国内に持ち込む場合には、農林水産省動物検疫所の検疫を受けることが義務づけられていますが、検疫を受けずに犬が上陸している現状から、港湾を抱える地元自治体や各保健所では、住民の健康を守るため、港湾地域を巡回し、ロシア船員への狂犬病予防啓発など積極的な活動を行っております。
また、厚生労働省では、狂犬病の侵入に対するサーベイランスシステムの確立を目的として、今年度は、都道府県の協力を受けて、港湾地域における犬の狂犬病抗体保有状況調査を実施しております。
北海道獣医師会としても、犬の飼い主や地域住民へ狂犬病予防の重要性を啓発し注射実施率の向上に努めておりますが、国内の危機管理体制の確立が急務と考え、次の事項について要望いたします。
1.犬の飼育頭数、飼育状況の把握、未登録犬に対する登録指導を強化し、狂犬病の侵入に備えること。
2.狂犬病予防ワクチン接種に関する啓発事業を強化し、狂犬病抗体保有率の向上を図ること。
3.動物検疫所における犬や猫などの検疫体制を強化すること。
4。狂犬病の侵入を想定した防疫対応マニュアルの策定と危機管理体制の整備を図ること。
5。狂犬病の侵入時に対応できる狂犬病ワクチンの備蓄を図ること。
6.犬の個体識別を確実かつ迅速に行うためマイクロチップの導入を図ること。
■ まとめ
戦後制定された狂犬病予防法による対策で、日本では狂犬病は撲滅されました。徹底した輸入犬の検疫も大きな役割を果たしたと思われます。ところが次のような要因により国内で狂犬病が再発生する危険性が指摘されています。1、日本に寄港する外国船から検疫を受けていない犬が上陸しています。
2、国際的な物流が盛んになり、輸入品に紛れ込んだねずみなどによりウィルスが持ち込まれる可能性があります。
3、猫、アライグマ、キツネ、スカンクも平成12年より検疫を受けるようになりました。しかしそれ以前に輸入されたものは検疫を受けていません。フェレット、ハムスター、マングースやこうもりは現在も検疫の対象にはなっていません。(すべての哺乳動物が感染します。)
4、流氷に乗って動物が入ってくる可能性があります。
日本では狂犬病の予防接種を受けている犬は50%程度と試算されています。大流行を防ぐためには70%以上受けていることが必要ですが、それに達していません。
また、米国では、犬より、外と室内を自由に行き来できる状態で飼われている猫のほうが人に狂犬病をうつす危険性が高いとされています。日本の狂犬病予防法でワクチンの接種が義務付けられているのは犬だけです。
■ 参考
狂犬病リンク集(日本獣医師会のホームページ)http://group.lin.go.jp/nichiju/topix/k-links.html
狂犬病がもし日本で再発したら(PETPORTAL)
http://www.petportal.jp/mt/archives/cat_1.html
日本は大丈夫か!? 世界狂犬病レポート(P-WELL REPORT)
http://www.p-well.com/library/report/2002/pr45.html
■ 関連ページ
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